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君が旅立つまでのこと

胆嚢破裂の危機を回避 - データからの予想でした【闘病記】

胆嚢破裂の危機を回避

闘病の奇跡、強運の正体(3/4)

JARMeC』の集中治療室には入れたものの、依然として予断を許さぬ状況です。対蹠的な治療は行われていましたが、胆管閉塞の根治治療はまだ始まっていません。胆嚢破裂の危険は全く去っていないのです。

病院には大勢の付き添いの飼い主さんたちが、専用の待機室におり、皆一様に黙りこくっています。よどんだ空気は、そこにいる皆が、重篤な状態の愛犬、愛猫に、一縷の望みを託してそこに来ているからです。そのことが余計に、ピーチーの身に降りかかった不幸を実感させました。

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胆管閉塞の併発 - 病状急変、危機的な状況へ【闘病記】

胆管閉塞の併発

闘病の奇跡、強運の正体(2/4)

前話|突如の急性膵炎 で4つの幸運を得て、膵炎から回復したピーチー。
ほっとしたのもつかの間でした。

実はその後に、闘病の本番が待ち受けていたのです。
それこそが、ピーチーが命を賭ける事になった病気、胆管閉塞です。
膵炎による内臓の炎症(発熱)が、胆嚢と胆管にダメージを与えていたのです。

しかしここからも、ピーチーの幸運は続きます。

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突如の急性膵炎 - それは胆管閉塞の入り口でした【闘病記】

胆管閉塞闘病記

闘病の奇跡、強運の正体(1/4)

本話から4話連続で、我が家の愛犬ピーチーが生れて初めて罹った重病、急性膵炎と胆管閉塞について書きます。

膵炎は大変痛みを伴う重い病気です。特にはショックにより、死に至る事もあるそうです。しかしながら、膵炎(我が家の場合は急性膵炎)はそれほど珍しいものではなく、飼い主が早く気が付けば治る病気です。ネット上には、膵炎から回復した例が沢山見つかります。

我が家の場合は、膵炎には非常に早くに対処できたものの、そこから数日を置いてピーチーは胆管閉塞を併発し、非常に深刻な状況に陥りました。

この記事は当時の体験をまとめた闘病記です。
以下、過去に書いたブログからの転載となりますので、筆者の呼称は”僕”となっています。

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高度医療という選択肢 - 生き残る道が残されていた

高度医療という選択肢

闘病記が教えてくれること(5/5)

筆者の愛犬ピーチーは、いつでも元気一杯で、10歳を過ぎても疲れを知らず走り回っていました。アレルギー性の皮膚炎炎が子犬の事からの持病でしたが、それを除けば病気の予感など一切感じさせない子でした。

そのピーチーが生まれて始めた罹った大病が急性膵炎。突然のことでした。
やがてそれは、胆管閉塞を併発し、遂にはピーチーを死の淵に立たせたのでした。

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セカンドオピニオンと二次診療について - どちらも意外に実行されない選択肢

セカンドオピニオンと二次診療

闘病記が教えてくれること(4/5)

我が家の愛犬ピーチーに2度起きた、”奇跡的に命拾いをした” という経験ですが、偶然にもどちらも同じような経緯をたどっています。

どちらも回復は難しい(実際に安楽死を勧められた)と言われる中で、それでも諦めきれずに可能性を探っていった末の出来事でした。

さて、筆者がその2度の ”奇跡” の前に行ったこととは――

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努力は奇跡の確率を上げるもの - 待つ奇跡と勝ち取る奇跡は、確率が違う

努力は奇跡の確率を上げる

闘病記が教えてくれること(3/5)

犬の闘病記を読んでいると、”奇跡的に助かった””奇跡的な回復をみせた” という表現を時々目にすることがあります。

さすがに ”奇跡” というだけあって、いつでも起きる訳ではなく、どこにでも起きるものでもありません。しかしながら、この ”奇跡” という現象は、厳然と存在しています。何故そう言えるのかというと、筆者が愛犬で遭遇したからです。

――しかも、2回も。

これから、その ”奇跡” について書こうと思います。

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闘病記を読む理由とメリット - 医学書や論文よりも現実的な選択肢

闘病記を読む理由とメリット

闘病記が教えてくれること(2/5)

愛犬が闘病の状態になったとき、多くの方が愛犬の病気についての情報を得るために、ネット検索をされたと思います。

求めていた情報には、すぐに行きつくことができましたか?
恐らく 『病名』や 『病名 犬』 だけの検索では、不要な情報が膨大に検索リストに並んで、探し当てられなかったのではないでしょうか?

筆者は早々に諦めてしまいました。

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ケーススタディとしての闘病記 - 闘病記を読むということ

ケーススタディとしての闘病記

闘病記が教えてくれること(1/5)

この章では、筆者の愛犬ピーチーの闘病記を書こうと思います。

とは言うものの、現在愛犬が闘病中でない方や、愛犬がピーチーと違う病気で闘病中の方にとっては、いきなりよその家の犬の闘病記を読めと言われても、戸惑われることでしょう。

闘病記と言うのはその病気が何であれ、読む価値があるものです。
何故ならば、そこには病気の知識だけでなく、闘病や介護に向き合う飼い主さんの姿勢が書かれているからです。

本章では以下のように、”闘病記” を扱っていこうと思います。

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またね、という言葉 - 爽やかに去っていく君を、爽やかに送ろう

君が旅立つまでのこと_扉

大切な愛犬との別れの時、一番最後に掛けてあげる言葉は用意していますか?
きっと、考えたくもないという方が多いと思います。しかし、もしかすると愛犬の一生の中で、最も大切な言葉がそれなのかもしれません。

考えてみませんか? 別れの言葉を。

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最期の瞬間まで喜びはあるもの -その時がくるまで生きている。人も犬も。

君が旅立つまでのこと_扉

愛犬の終末期は、悲しみに満ちたもの?

知らない時にはそんなイメージを持ったものでしたが、実際に自分で経験してみると、飼い主は悲劇の中で暮らすばかりではないことが分かりました。

ある種の切なさは常に胸の内にあるのですが、それを補うかのように、愛犬との絆が確信できる時期であり、笑いもあるし、喜びもあったのです。

気持ちの持ちようで、終末期と言うのは楽しめるものなのだな――
そう思いました。

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看取りは日常の延長にある -それは普段と何も変わらない愛おしい日々

君が旅立つまでのこと_扉

愛犬の看取りの時というと、何か特別なことが起きるように考えがちですよね。
まるで、崖から突き落とされて、そこから先の世界が一変してしまうみたいな……

もちろん10何年も一緒にいた愛犬との別れの時なので、それは特別な意味を持つのは確かですが、実際にそれを体験してみると、もっと淡々として柔らかで、優しい時間であったように感じました。

もしかしたら、別れの手前にある終末期と言うのは、日常と同じなのではないかな?

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泣いて見送る? 笑って見送る? -涙じゃない別れもあるんだよ

君が旅立つまでのこと_扉

愛犬との別れの時、皆さんはどのように我が子を見送りたいでしょうか?
きっと多くの方は、その場で泣き崩れてしまうのではないかと思います。

泣いて別れを惜しむ以外に、別れの方法は無いのでしょうか?
例えば、”泣いて”の対極にある、”笑って”で愛犬を送るということはできないのでしょうか?

実は筆者は、愛犬を”笑って”見送ったのです。

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いつか出会う君の姿は - ピーチーは虹の橋を渡らない|本文

ピーチーは虹の橋を渡らない

うちの子は、向こうの世界で何をやっているだろうか?
時々そんなことを思います。

愛犬ピーチーは、じっと飼い主が来るのを待っているタイプではありません。
身軽になった体で、走り回っていて欲しい。「なかなか来ないなあ」などと、いつまでも飼い主を待っているんじゃぞと言ってやりたいです。今も――

さて本話では、まるで『虹の橋』かと思うような、死の間際で起きる脳の生理現象についてご紹介します。

自分が死ぬのが、恐くなくなる(むしろ楽しみになる)ようなお話です。

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別れ方は人それぞれ - ピーチーは虹の橋を渡らない|前文

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『虹の橋』は良い詩だと思います。しかし「うちの子が、そこに行くのかなあ?」と思うと、どうもしっくりきません。うちの子は向こうの世界にいって、じっと飼い主を待っているようなタイプではないのです。どちらかというと、飼い主のことはそっちのけで、遊びに夢中になるタイプ。

だから、うちの子らしく向こうに行って欲しいなあと思いました。
愛犬と飼い主の別れ方って、愛犬と飼い主の数だけあっていいのじゃないかと思いました。

うちにはうちの別れがあって、それがあの子には相応しい。
だからそこには拘りたいな。そんな気持ちなのです。

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